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やっぱり残念な母

昨日は久しぶりに派手な夕立があり

気温がスーッと下がりました。

夜、気持ちよく眠れて良かった。

 

母の米寿のお祝いは

元々、一堂に会してのお祝いだと一度で終わっちゃうから

それぞれにしようね・・・と姉と話していたのですが

コロナ禍で

どっちにしても集まれなくなったから小規模お祝い。

 

姉夫婦は、9月になったら温泉に連れて行ってくれると言っています。

今月からやはり抗がん剤が変わり

まだ副作用がどの程度になるのかが見えない状態。

それでも

私も行きたいし、9月までには体調整えるよ~って。

 

そのことを母に話しましたが

あの娘と行くと、何かと怒られるしうるさいからあまり行きたくない・・といつもの。

姉の抗がん剤治療のこと、体調のことは眼中にないようです。

我が子の病気って心配なものじゃないの?

と言ってみましたが、例によって「え~?」と言いながら目が泳いでいる。

 

88歳にもなると、我が子がどうした・・なんてことは関係なくなっちゃうのかな?

もっと若いころだったらまた違っていたのかな?

例えば、私の息子が大学1年の時

一人暮らしのアパートでお腹が痛くなり、

夜「激痛が2時間ぐらい続いている。医者に行った方がいいのかな?」とメール。

すぐに電話をしたところ、動けないぐらいに痛そう。

救急車を呼ぶように言いましたがどうも心許ない。

アパートのお隣の豪邸にお住まいのオーナーに電話をして

大変申し訳ないけれど様子を見に行っていただけないかとお願い。

オーナー、様子を見に行かずにすぐに救急車を呼んで下さったみたい。

その間に私は取るものもとりあえず電車に飛び乗っていて

そこに救急隊の方と一緒に部屋に入ったら誰もいない!とオーナーからのお怒りの電話。

その後すぐにアパートから徒歩10分ぐらいの入院設備のある医院のDrから℡。

今診ている。入院が必要だが未成年なので同意を・・と。

這うようにして自分で駆け込んだみたいです。

日付が変わる頃にその医院に到着しましたが、「落ち着いたから」と会わせていただけず

とりあえず部屋の鍵だけ・・と息子から受け取っていただいて

その夜は息子のアパートに泊まり、早朝顔を見に。

精査していただいた結果大きな病気ではなく

1週間程度で退院でき、胸を撫でおろしました。

アパートのオーナーにはご挨拶に行って平謝り。

 

・・・・なんて長くなってしまったけれど

親の心情って普通こうじゃないの?と母に伝えたところ

「あー、そういえばそんなことがあったね」で終了。

 

なるほど、そういう母でした。

そういえば子供の頃からそうだった。忘れていました。

 

姉には、

自分自身が温泉を楽しむために治療を頑張って欲しいな。

 

そんな残念な母の米寿祝の膳。

ネットスーパーにお寿司を注文し

高野豆腐の炊き合わせとしじみ汁を作りました。

母は生寿司12貫ペロッと平らげましたよ。流石です。

私は生寿司は避けて、太巻きやお稲荷の助六寿司。

半分も食べられなかったけど、久々美味しかったです。